WEBSTERの教育理念と背景
INDEX
01. 塾長挨拶 ― 創業の経緯と想い
私どもウェブスターにご関心をお寄せいただき、心より感謝申し上げます。
ウェブスターを知っていただくには、創立に至る背景をお話しする必要があると考えております。長くはなりますが、これまでの歩みを、私個人の半生と重ねてご紹介いたします。
商社家庭での孤独と、英語との出会い
私は、商社を営む家庭の一人息子として生まれました。両親は仕事で忙しく、小学校6年生までは家政婦さんとほぼ二人で、現在のウェブスターの地で地元の子どもたちと過ごしておりました。
小学6年生のとき、越境入学で都内の小学校に移り、その後、大学2年までマンションで暮らしました。そこではほぼ一人暮らしでしたが、日本へ商用で来る“英語しか話せない”取引先の方々が入れ替わり立ち替わり、マンションをホテル代わりに利用していました。私は彼らと即席ラーメンを食べながら、自然と英語に触れていきました。
実践の中で培った「生きた英語力」
中学・高校時代の長期休暇は決まって海外。グアムやハワイではホテル建設の現場、アメリカでは不動産屋の下働き、米国人医師のレントゲン室での小間使い――高校受験はありましたが、塾に通う時間などありませんでした。
父は早く私に後を継がせようとし、大学生であることを忘れたかのように、私を仕事で使い回しました。試験期間中であろうと、契約のためにヨーロッパへ0泊3日の弾丸出張もありました。
転機:偶然立った教壇と、生徒たちの変化
ある日、友人から「塾で講師が穴をあけた。代わりに入ってくれないか」と誘われ、軽い気持ちで向かいました。ところが任されたのは、大学受験生向けの英語授業でした。
教える引き出しもないまま教室に入った瞬間、私は場違いな所に来てしまったと後悔しました。それでも覚悟を決め、実践で培った会話力や、言葉の“使いどころ”を軸に授業を組み立てました。すると不思議なことに、それが生徒たちに刺さったのです。
教室の空気が変わり、生徒たちは辞書を持って集まり、英語を口にし始めました。この時、私は初めて自分の居場所を見つけた気がしました。そして同時に、こう確信しました。「勉強のきっかけは、ひょんなところから始まる」と。
創業:不安に寄り添い、未来を育てる
数か月後、父が急死しました。私は父の会社を役員に委ね、稲毛の建物を活用して、ゼロから塾をスタートしました。
生徒も親御さんも、英語に対する漠然とした不安を抱えていました。それは今でも変わりません。だからこそ、その不安に寄り添い、未来のための一歩を踏み出す力を育てることが、私の役割だと思っています。
2026年1月1日
ウェブスター英語教室 塾長 隈元 清済
(略歴:慶應義塾大学 商学部卒)
02. ALTの選考 ― 「誰でもいい」わけではありません
「派遣労働」としてのALTではなく、「教育者」としての講師を
公立学校の現場では、ALT(外国語指導助手)は教育委員会からの委託を受けた派遣会社から送られてくるケースが大半です。彼らは曜日ごとに違う学校を回り、学校行事があれば授業はキャンセルされ、生徒の名前を覚える間もなく任期を終えることも珍しくありません。これでは、真の信頼関係に基づいた教育は困難です。
ウェブスターの厳格な採用基準
ウェブスターでは、外国人講師を単なる「ネイティブスピーカー」として採用することはありません。以下の基準を満たした人物のみが教壇に立ちます。
- 継続性:数年にわたり日本に滞在し、生徒の成長を見守る意思があること。
- 教育への情熱:単に英語を話すだけでなく、「教えること」に喜びを感じられること。
- 人間性:子供たちの細かな表情の変化に気づき、寄り添える優しさと知性を持っていること。
生徒一人ひとりの性格を把握し、ライティングの添削では「その子らしい表現」を尊重しながら修正を加える。そんな「先生」としてのプライドを持った講師たちが、ウェブスターの自慢です。
03. ICTへの深い洞察 ― 遊びではない「道具」としての活用
50年前の原体験:麹町中学校のLL教室
私(塾長)は今からおよそ50年前、政財界の子弟が多く通うことで知られた麹町中学校に越境入学しておりました。同校は当時から先進的な教育を導入しており、英語の授業では「ランゲージ・ラボラトリー(LL)」と呼ばれる特別な教室が用意されていました。
そこは、教師が手元のスイッチを操作することで、個々の生徒のスピーチをヘッドセット越しに聞くことができるという、当時の最先端ICTシステムでした。しかし、それが実際の英語習得に役立っていたかといえば、甚だ疑問でした。
先生方は教室移動や機器の準備、操作そのものに忙殺され、授業の本来の目的である指導がおろそかになっているように見えました。「最新機器を使うこと」自体が目的化し、実際の効果とはかけ離れてしまっている――その時の先生方の疲弊した表情と、教育効果への違和感は、今の私のICT観の原点となっています。
「ファミコン」が招いた誤解と、大人の恐怖心
時代は下り、日本のコンピュータリゼーション黎明期のことです。当時の大人たちは、「これから来るコンピュータ社会についていかなければならない」という恐怖にも似た焦燥感を抱き、子供たちにコンピュータに関わるものを与えたいと願いました。
その親心と時代の空気に見事に乗じたのが、かつて花札メーカーであった某企業です。「ファミリーコンピュータ」というネーミングでゲーム機を売り出した戦略は秀逸でした。親たちは「名前にコンピュータとついているのだから、これを与えれば子供がコンピュータとの接点を持てるのではないか」という期待を込め、高価なゲーム機を買い与えたのです。
しかし、それはあくまでゲーム機であり、コンピュータ・リテラシーを育むものではありませんでした。そして半世紀経った今、学校現場ではタブレット配布において、これと同じような現象が繰り返されています。
コントローラーではなく、キーボードを
コンピュータの本質的な操作は、あくまで「キーボード」を介して発揮されるものです。ゲームコントローラーや、ただ画面をタップするだけの操作でゲームに興じることは、真のICT教育とは全くかけ離れた世界です。
ウェブスターでは、こうした現状に対するアンチテーゼとして、明確な理念のもとICT環境を整備しています。
「どうせ機会を与えてゲームをやらせるのであれば、コントローラーではなく、キーボード操作を通じて行う」
楽しみながらキーボードに触れ、その操作を通じて英語教育や、その先の本格的なコンピュータ教育(プログラミング等)へと結びつけていく。遊びを遊びで終わらせず、知的な道具として使いこなすための入り口を作る。これこそが、ウェブスターが目指す崇高なICT教育の理念なのです。
04. なぜ日本の英語教育は書くことをおろそかにするのか
理由① 文科省視点
話すこと重視と謳った方が受けが良く、また成果の数値化が曖昧なので、批判を受けることを避けられます。
また、IT機器の導入、文教予算の大部分を占める人件費(外人講師等)獲得に予算を取りやすいという側面もあります。
したがって「書くこと」が軽視されてしまうのです。
理由② 教育委員会(地方行政)視点
外人講師とIT機器には簡単に予算がつきます。「書くことを大切にしたい」と思っても、そのためには予算が付きません。
では、現在のシステムで「会話力」「コミニュケーション能力」は伸びるのでしょうか。まず伸びないでしょう。
特筆すべき例として、外人講師の質が問題となります。ALT(外人講師)は、教育委員会からの外注を受け、民間会社から派遣された労働者であり、曜日を決めて数校を回っていきます。
たとえその日が文化祭であろうが、体育祭であろうが、宿泊学習で無人であろうが、日程を柔軟に変えることなど、無理な話です。
中身のある計画的な学習は、この時点で無理だとわかります。
また、外人講師はいわゆる「派遣」ですから、長期視点で継続的に仕事を行うわけではありません。 従って生徒一人一人の名前さえ憶えていません。ましてや生徒のレベル、性格の把握など、まずできていません。 よってコミニュケーション領域の持続的計画的指導には期待が持てず、その場限りの遊び半分の授業が展開されてしまいます。 その結果、「書くこと」は重要なのにここでも軽視されてしまうのです。
理由③ 小中学校現場視点
教員が生徒の英語力を上げても、それ自体は評価の対象とはなりません。最も大切なのは、「研究授業」という、プレゼンでいかに高評価を得るか、ということです。
上の方針が「会話?」重視なのですから、研究授業も、中身より、いかに上の意向に沿っているかがポイントとなっていきます。だから使いずらい外人講師との打ち合わせ、あるいは生徒を巻き込んでリハーサルまがいの準備に時間を費やします。
教師も視察に来る上の人間もこのことを知っています。「こんなことをやっていては、真の英語力など生徒には付かない」ということを。
ここでも「書くこと」は軽視されてしまいます。
理由④ 家庭視点
ウェブスターの保護者でさえ、「楽しそうに通っているので本当に良かった」と、通塾の感想を述べられます。
これは無理からぬところで、子育て経験のある身としても、子どもが通うのを嫌がる習い事は、それだけで選択の対象から外れると思います。 また、一般的な英語塾は、書くことを楽しく効率的に教えるノウハウがありません。 「楽しそうなこと」だけをやって、ひたすら生徒の定着を図ります。 ですが、英語塾に通うからには、英語ができるようになることが主目的であり、「楽しい」だけを目的としてしまうのは、本末転倒かも知れません。
